「ハルちゃん〜ハルちゃん〜」
「猫王様、まだハル様の事が
忘れられニャいのですかぁ?」
猫の国。
猫王が治めるその国は名の通り、
言葉を話す猫達の国だった。
猫王の子息、ルーンを人間界で偶然救った少女、
ハルは恩返しにとルーンの妃にさせられそうになるが、
『猫の事務所』の主、バロンによって危機的状況は回避された。
しかし猫王はハルを相当気に入った為、
最終的には自らの妃にすると公言するが
その目論みもバロン達によって消え去った。
かに見えた。
猫王はまだ諦めてはいなかったのだ。
寝ている時も寝言でハルの名を呼び、
起きている時も呪文のようにハルの名を呼んでいた。
「ハァ〜ちっちゃい時のハルちゃんは
どんな子だったのかニャあ〜」
「…!!!」
秘書として猫王の話を聞いていたナトルが急に何かを閃く。
ナトルが思い付く事はいつもロクな事がなかった。
「猫王様!!
ちっちゃい時のハル様をお連れしましょう」
「ニャに!!!?
ほんとか?」
「はいっ、暫しお待ちを」
そう言うとナトルは部屋からいそいそと出て行った。
時同じくして人間界。
その日ハルはいつも通り学校で授業を受けた後、
一人で十字街に来ていた。
本来ならば一人で来るような場所ではない所に、
ハルが一人で来た理由。
それはある猫と話をする為だった。
「…あ、いたいた。ムタさん!!」
「…今『ブタ』って言わなかったか?」
「ちゃんとムタさんって言ったよ?」
ハルの目的はカフェテラスの一席に
ズッシリと座る一匹の猫、
ハルを猫の事務所に案内したムタだった。
「お前は毎日毎日飽きないなぁ」
ハルはここ数日、毎日ムタに会いに来ていた。
ハルにとってムタだけが繋がる希望だったのだ。
「だって会いたいんだもん、バロンに!!」
毎日交渉していたが
ムタはバロンの元へ案内をしてくれなかった。
「なんで駄目なの?」
「前にも言っただろ?
お前とバロンは住む世界が違う。
入り浸ったら駄目なんだよ。
それに相談する事もないんだろ?」
「…」
いつもこれの繰り返しだった。
―相談する事さえあればバロンに会えるのに…―
ハルは今の生活で相談するような事は全くと言っていいほどなく、
それでいつも門前払いをされていた。
「とにかく、駄目なもんは駄目だからな」
「…ムタさんのイジワル!!」
ハルは捨て台詞を吐くといつものように早足でその場を後にした。
「…って訳でよぉ。
また来たんだよ、ハルが」
「たまにはいいと思うがね。
理由がないと会えないなんて、
可哀想じゃないか」
猫の事務所、バロンを主としたその場所に集まった常連が
いつものように口論を始める。
「じゃあもし毎日会いに来たらどうするんだ?」
「『たまに』と言ったのが聞こえなかったのか?」
「なんだとっ!!」
「…もうその辺で止めておいたらどうだ?」
今まで聞いていただけのバロンが口を開くと
言い争っていた二人が大人しくなる。
「君は可哀想だとは思わないのかい?
せっかく君に会いたがってるのに」
ムタと同じ、猫の事務所の常連であるカラスのトトが
バロンに問い掛ける。
それに対してバロンは余り考える時間を費やす事なく答えた。
「私に会いたいと思ってくれてる事は嬉しい。
だが、ムタの言う事も正しいからね。
やはりハルに相談する事が出来た時、
会うのがちょうどいいんじゃないかと私は思う」
バロンの気持ちではハルと同じく会いたい気持ちが強かった。
バロンが人形だと解っていて好きだと言ってくれたハルを、
バロンも少なからず意識していたのだった。
人形として好きと言ったのかも知れないが、
バロンと言う一人の人格を好きと言ってくれたのなら…。
バロンはそう思うととても胸が熱く感じられた。
2008/07/13